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JEWEL

JEWEL

Black Bird 1

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

NY、ブルックリン近くのクラブ。

その日はそこで、あるインスタグラマーの誕生パーティーが開かれていた。

「ハッピーバースデー、シャロン!」
「ありがとう、みんな!」
ファンが用意してくれたケーキの上に立てられた蝋燭をシャロンが吹き消そうとした時、下のダンス=フロアから銃声が聞こえた。
「何?」
「みんな、裏口から逃げろ!」
パニックになったクラブ内で、シャロンは恋人のジェフとはぐれてしまった。
「ジェフ、そこに居たのね、良かった・・」
シャロンが安堵の表情を浮かべた直後、彼女は額を撃ち抜かれて絶命した。
「畜生、遅かったか!」
ナイジェル=グラハムはそう言った後、舌打ちした。
その時、彼は不審な動きをしている白のパーカー姿の男に気づいた。
「おい、そこで何をしている?」
ナイジェルがそう男に尋ねると、彼は突然脱兎の如くその場から逃げ出した。
「待て!」
男を追ったナイジェルだったが、タイムズ=スクエアで男を見失ってしまった。
「クソ!」
「ナイジェル、そんな顔してどうした?」
「放っておいてくれ。」
仕事の後、ナイジェルが行きつけのパブで飲んでいると、そこへ店主のクリストファー=マーロウこと、キットがやって来た。
「まぁ、これでも食って元気出しなって。」
キットがそう言ってナイジェルの前に置いたのは、チョコチップ入りのスコーンだった。
「クロテッドクリームはどうした?」
「実は、今切らしていてな・・」
「厨房を借りるぞ。」
「もしかして、作る気なのか?」
「クロテッドクリームがないスコーンはスコーンじゃない。」
ナイジェルはそう言って店の厨房に入ると、手際よくクロテッドクリームを作った。
「お前さん、FBIを辞めてうちに来ないか?」
「断る。」
「ナイジェル、こんな所に居たのか。」
そう言いながら店に入って来たのは、ナイジェルの相棒兼親友のジェフリー=ロックフォードだった。
「パブでバイトしているのか?」
「違う。クロテッドクリームを作っていただけだ。」
「そうか。」
ジェフリーはスツールの上に腰を下ろすと、キットにスコッチを頼んだ。
「クラブでの事、聞いたよ。お前が見た白パーカー姿の男、他に何か特徴はなかったか?」
「首に、タトゥーがあった。」
「タトゥー?」
「あぁ、こんな模様の・・」
ナイジェルはそう言いながら、紙ナプキンに白パーカー姿の男の首に入っていたタトゥーの模様を描いた。
「ウロボロス・・死と再生の象徴か・・」
「被害者のインスタグラムをさっき見たんだが、気になるコメントがあってな。」
「気になるコメント?」
「あぁ、これだ。」
ジェフリーは、そう言うとシャロンのインスタグラムをナイジェルとキットに見せた。
そこには、“消えろ、クソ女”、“死ね”、“また整形か?飽きないな”という、誹謗中傷のコメントで埋め尽くされていた。
「酷いな。」
「シャロンの友人から聞いた話なんだが、彼女は殺害される数ヶ月前、あるサークルに所属していた。」
「あぁ。そのサークルが、どうも胡散臭い団体でな。その団体名が、ウロボロス。」
「じゃぁ、シャロンは白パーカー姿の男と顔見知りだったのか?」
「あぁ。それにしても、ソーシャル・メディアっていうのは便利だな。ウロボロスのアカウントをすぐに見つけたぞ。」
「見せてみろ。」
ナイジェルがジェフリーのスマホでウロボロスのインスタグラムのアカウントを見ると、そこにはイベントの告知記事があった。
「二週間後に無料のヨガ教室ねぇ・・」
「行ってみるか?」
「あぁ。」
二週間後、NY5番街の中にあるスポーツクラブ内のスタジオで、ウロボロスが主催する無料ヨガ教室が開かれていた。
参加者の大半は女性で、ジェフリーとナイジェルは悪目立ちしていた。
「はい、これでヨガ教室を終わります。」
「不審な動きはなさそうだったな。」
「あぁ。」
ナイジェルとジェフリーがスポーツクラブの近くにあるカフェでコーヒーを飲んでいると、一人の女性が入って来た。
「ここ、よろしいかしら?」
「あぁ、構わないが・・」
「ありがとう。」
女はそう言ってジェフリーの前に座ると、徐に足を組んだ。
その時、彼女の左足首にウロボロスのタトゥーが彫られている事にジェフリーは気づいた。

「アンクレットみたいで、素敵でしょう?」

「はじめまして、わたくしこういう者です。」
女はサングラスを徐に外すと、ジェフリーとナイジェルにそれぞれ名刺を渡した。
“弁護士 ラウル=デ=トレド”
「あなた達、“ウロボロス”の事を探っているのでしょう?ここで会ったのも何かの縁、あなた方を素敵なパーティーにご招待するわ。」
女―ラウルは口端を上げて笑うと、二人のスマートフォンにQRコードを送った。
「ブルックリンの、“ディアボロス”で待っているわ。」
ラウルは、迎えに来たリムジンに乗ると、颯爽とカフェから去っていった。
「あいつ、男だな。」
「どうしてわかった?」
「どんなに着飾っても、あの声の低さは隠せない。」
「そうだな。それにしても、“ディアボロス”‥悪魔か。物騒な名だな。」
「行ってみる価値はあるな。」
その日の夜、ジェフリーとナイジェルは、ブルックリンにあるクラブ“ディアボロス”へと向かった。
店の中に入ると、そこはありとあらゆる音に満ちていた。
「盛況だな。」
「あれを見ろ、シャロンの彼氏だ。」
ナイジェルはそう言うと、女達と飲んでいるジェフを睨んだ。
「恋人が亡くなったっていうのに・・」
「放っておけ。」
ジェフリーとナイジェルが暫くクラブの中を観察していると、ラウルが二人の元へとやって来た。
「いらっしゃい。来て下さって嬉しいわ。」
「ここは騒がしいから、静かな場所で話しましょう。」
「あぁ。」
 三人は音楽が鳴り響くフロアから、静かな個室へと移動した。
「それで?俺達をこのパーティーに招待した理由は?」
「あなた達は、陰謀論を信じる?」
「俺はそんなものは信じない。」
「あのウィルスの所為で、人々は胡散臭いものを信じるようになった。」
ラウルは、グラスに水を注ぐと、それをじっと見つめながら、こう言った。
「こんな水でも、誰かが“奇跡の水”と言ったら、人々は簡単に騙される。シャロンは、哀れな子羊だった。」
「それは、どういう意味だ?」
「彼女は、SNS依存症だった。承認欲求が強い人間は、どんなものにも引っかかる。最初は上手くいっていたけれど、彼女は知り過ぎた。」
「シャロンは、お前達が殺したのか?」
「さぁ?“ウロボロス”の幹部が、やったのかも。」
「そいつの名前は?」
「スマホを見て。」
ジェフリーがスマホを見ると、画面にはメキシコの麻薬カルテルのボスの顔写真が写っていた。
「そいつが“ウロボロス”の幹部。そいつの親族が、森にある施設を運営している。」
「施設?」
「女性の救済と自立を謳う所。まぁ、実態は、“生殖工場”だけど。」
「“生殖工場”?」
「女達・・暴力や虐待から逃れた、行き場がない少女、特に妊婦を集め、産まれた子供達は“楽園を守る戦士”として育てられる。」
「“楽園を守る戦士”?」
「端的に言えば、カルテルの構成員。」
「その施設の名前は?」
「“聖人達の家”。」
「俺達にこんな情報を与えてもいいのか?」
「もう、お金は沢山稼いだから、わたしは“ウロボロス”から抜ける。」

ルイジアナ州ニューオリンズ。

湿原が広がる森の中に、“聖人達の家”があった。
そこには、臨月を迎えた数人の妊婦達が、男達から“洗礼”を受けていた。
「あっ、あぁ!」
「元気な子を産め。」
その日の夜、妊婦の一人が産気づき、難産の末に男児を産んだが、亡くなった。
「悲しむな、あの子はこの子の守護天使となったのだ。」
次は自分の番かもしれないと怯える妊婦達に、“ウロボロス”のリーダー・サンチェスはそう言って慰めた。
「サンチェス様、あの子が居ません!」
「何だと!?」
サンチェスは、部下に“女神”の捜索を命じた。
同じ頃、ジェフリーとナイジェルはボートで“聖人達の家”へと向かっている最中、湿原の方で一人の少女が溺れている事に気づいた。
「大丈夫か!?」
「助けて・・」
赤毛の少女は、そう言うとジェフリーの腕の中で気絶した。
ニューオリンズ市内の病院に彼女を運んだジェフリーとナイジェルは、彼女が数年前にNYで起きた資産家一家殺人事件の生き残りだという事を知った。
「恐らく彼女は、“ウロボロス”に拉致され、“聖人達の家”に監禁されていた。」
「そういえば事件が起きた後、事件を担当していた刑事から妙な話を聞いた。」
「妙な話?」
「あぁ。何でも、トーゴ―家の一人娘は、男女両方の性を持っているとか・・」
「両性具有か。」
「それにしても、“ウロボロス”のメンバーと思しきヒッピーが、病院の近くをうろついていた。」
「そうか。そいつは男か、女か?」
「ジェフリー、あんたまた、何か企んでいるな?」
「いいや。」
「まぁいい、やり過ぎるなよ。」
「わかったよ。」
ジェフリーはそう言って笑うと、病院から出た。
「よぉ、あんたか、この病院の周りをうろついているのは?」
「あなたは・・」
 ジェフリーに声を掛けられたヒッピー風の男は、怯えた目で彼を見た。
「怯えなさんな。」
「サンチェス様が、“女神”様を捜しているんです。」
「“女神”?」
「炎のような赤毛で、年は十七、八歳位で・・」
「お前さんを捜していた子は、湿原の中で見つけたよ。」
ジェフリーはそう言うと、男に少女の髪を一筋、手渡した。
「俺達が見つけた時、あの子の遺体の大半はワニに喰われちまっていた。」
ジェフリーが適当に吐いた嘘に、男は騙された。
「おぉ、神よ!」
彼は胸の前で十字を切ると、肩を落として病院から去っていった。
「何だと!?それは、本当なのか!?」
「はい・・」
“女神”を喪い、サンチェスはNYに居るラウルと連絡を取ろうとしたが、ラウルはカリブ海のリゾート地で休暇を楽しんでいた。
(どうやら、あの人達は上手くやったみたいだね。)
ラウルはホテルのスイートルームでカリブ海を眺めながら、“ウロボロス”から抜けて良かったと本当に思った。

自分に繋がる証拠は全て処分した。

あと、あの二人をどうするのか―ラウルは彼らと再会する日が来るのが待ち遠しかった。


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